伝説があるからバンドは映画になる

伝説があるからバンドは映画になる

有名だからこそ付きまとう

メディアで活躍するロックバンドだが、現在はインターネットという不特定多数が投稿する情報の海がごまんと存在している中で、ありとあらゆるホントか嘘か、どちらともつかないような内容の情報が散見されている。世の中便利になったものだと常々感嘆としてしまうが、ただ中にはこれは明らかに本当ではないだろうという情報も見られているため、その点については困ったものだと感じる点だ。そんな情報に惑わされるほうが悪いといわれるかもしれないが、そもそも情報の真偽を正すためには調査が必要だ。それらが直ぐに行える程度のものなら直ぐに調べられるが、そうはうまく行かないケースもある。ロックバンドなどはその典型的な例だ、何が難しいのかというとそもそもいくら有名人だからといって、個人の情報を暴く事は好ましく思われない。

日本でも近年問題になっているのが、有名税として仕事をしているときの姿を、SNSなどの情報で漏らされることだ。これについて芸能人から怒りの声が聞こえてくるが、賛否両論といったところだ。素人が勝手に撮影されてネット上にさらし者にされるというのも大問題だが、プライバシーという垣根がそもそも希薄になりつつある現代人にとって、もはや他人の情報を勝手に入手し、そして捏造することが当然のようになっているのかもしれない。

この現状を悲しく思わなければならないが、そうした話が大抵言いように改ざんされていることがある。誰しも経験があるだろう、自分のことが何故か独り歩きして、しかも事実とは事なる言いように捏造されてしまい、ひどい目にあった人もいるはずだ。有名人、特にロックバンドともなるとそうした噂話が立ち上がってしまい、非常に面倒な状況になる。言い換えれば、それだけの人気を獲得しており、だからこそドキュメンタリー作品に仕立てても衝撃をそのままにすることが出来るといっていいものになる。

ロックバンドに伝説は付き物だが、ここからはそんな伝説の中で筆者の視点で、色々なものをピックアップして紹介していこう。

死亡しているらしい

ロックバンドによって語られている伝説は、必ずしも美談で塗り固められているものばかりではない。噂が噂を呼んで、いつの間にか尾ひれが付きまくってとんでもない話に膨れ上がってしまった例もある。その中でも代表的なのは、かつてビートルズで活躍し、現在でも世界的有名なギターリストとして知られている『ポール・マッカートニー』が死亡しているという話だ。ロックに詳しくない人も多少なりとも耳にした話題だろう、そもそも死んでいるか否かといったところに論点が集まる辺りがどうにも恐ろしくも感じるところだ。

どうしてそんな話が出てきたのかという発端を見ると、1967年にロンドンで彼が乗った自動車が事故にあったことからその噂が広がる。当時。ビートルズは人気絶頂の真っ最中だったため、人気メンバーが死亡しては、その後の活動に支障をきたすことになってしまうと考えた残りのメンバーとスタッフが、ポールが死んだことを知られないように影武者を立ててその後も活動を続けていたと言われている。

既にこの世にいないと言われているところを見れば、それなりに証拠が揃っているからこそ行っているのだろうと思われる、その数少ない証拠として挙げられているのが『アヴィ・ロード』というアルバムで言われている。具体的に言うと、

  • ・ポールだけ裸足、しかも裸足=死者を意味しているため、そう考えられた
  • ・左利きなのに、右手に煙草を持っている
  • ・一人だけ、踏み出した足の向きが反対になっている

という点を、ジャケット写真‘だけ’で判断された。想像力豊かなことだ、これが証拠だからこそポール・マッカートニーは既に死んでいると力説する人がいたという事実もだが、ビートルズというバンドが日本にも絶大な影響力をもたらしていたこともあり、事故から2年後にはもしかしたら本当かもしれないと国際規模で噂の真偽を確かめようとする動きが見られていた。

どれだけ薄情なんだと

この噂に関しては本人がそもそも否定している、というより仮に死亡しているとしたら当時メンバーがどれだけ人気継続のために、人の命を軽んじたとしてそれだけでも敬虔なキリスト教の国ではあるまじき行動をしたことになる。そうなればバンドとしてだけでなく、人間としての信念をも疑われる展開を招き寄せてしまうだろう。汝の敵を愛せよというが、それが自身の名誉のために人の命を弄ぶよう、また命というものを軽視する事は宗教的に見れば、どう考えても異端と見なされる。

日本ではあまり見られないかもしれないが、宗教を重視している国ではその国が推進している宗教の戒律に基づいて文化が形成されている。音楽で自由に意志を表現しているからといっても、例外として扱われることはない。噂の真偽はともかく、今後の人生を破綻させるような行いをするほど愚かなことをするとは思えない。ばれたことを考えたときのリスクヘッジがあまりにも高すぎるからだ。想像するのは勝手だが、世界を巻き込む噂となった事だけは否定できない。